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なぜ「誕生日おめでとう」と言われるか

本日3/3に誕生日を迎え、27歳となりました。

関係者の皆様、たくさんの「おめでとう」をありがとうございました。

 

 

ところで今年の誕生日に急にふと不思議に思ったことがあります。

 

それは、「なんでこんなに『おめでとう』って言われてるんだろ」ってことです。

いやほんと、考えれば考えるほど不思議なんです。

 

 

昔は誕生日というとプレゼントもらうのが楽しみで、だから嬉しくて。

そんなんだからか、今までそんなこと疑問に思ったことはなかったんですが、段々プレゼントとかどうでもよくなり、むしろこれ以上歳とりたくなくなってきて、ふと今年そんな疑問にぶつかったわけです。

 

「誕生日おめでとう」って、一体何がそんなにめでたいのかなーって。

 

例えば「結婚おめでとう」は、誰かと誰かが家族になることを決めたことを祝福していて、
「就職・入学おめでとう」は、誰かが人生の次の選択を決めて進むことに対して祝福していて、
「○○受賞おめでとう」とかは、誰かが成し遂げたことに対して祝福していて、
要は全部「その人の選択や行動」を祝っている、讃えているので、なんとなくわかりやすいんです。

 

 

しかし、「誕生日おめでとう」って、自分何もしてないのに祝われるんですよ!不思議じゃないですか!!笑

 

なんでなんだっけなーーーと、今日、結構真剣に考えていて、結局のところハッと気づいたのは

「生まれてきたことを祝うのに理由なんてなくて、自分が生まれてきたことそれ自体が、自分の両親にとっても、他の多くの自分と関わってきてくれた人たちにとっても、誰がなんと言おうと無条件に大きな価値がある」

ってこと。

 

 

うん、そういえば前職の熱すぎる恩人もそんなことを言っていたなと思い出し、今さらなぜか再度納得。

 

そう考えると誕生日って素敵ですね。
誰でも平等に、無条件に、「生まれてきたことにおめでとう」なんですよ。

 

そういう意味では、「誕生日おめでとう」と言ってあげることって、きっと大切ですね。
大げさかもしれませんが、そのたった一言で救われる人はきっといるんだと思います。

 

 

とかそんなことを考えながら一人秋吉で贅沢な誕生日祝いをしていた2017年のひな祭りでした笑
あらためて、みなさまありがとうございました。

 

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